立山カルデラ砂防 現場見学

10月11日、南信防災情報協議会の研修会として、北陸地方整備局 立山砂防事務所の現場を見学してきました。

ここは大町~黒部ダム~富山を結ぶ立山黒部アルペンルートの西の起点となる立山に位置します。北アルプスから富山湾に流れ込む常願寺川の最上流域にある立山カルデラと呼ばれる崩壊地形の砂防現場です。

安政の大災害と呼ばれる1858年に富山平野を襲った土石流災害など、この地域の人々はこの常願寺川上流からもたらされる土砂災害にたびたび苦しんでいたそうです。昭和初期には砂防工事専用の軌道が完成し、写真のトロッコを使って人・資材を運んできました。今回は、このトロッコを利用して立山カルデラの内部に入って行きました。

ちなみに、このトロッコは数多くのスイッチバックで標高を上げていくのが特徴で、ネットでこの周辺の地形図を見ると、拡大の度合いによっては、まるで印刷ゴミのように見えるほど同じ斜面でのスイッチバックを繰り返しています。

立山カルデラの全容を一目で紹介できる写真は、航空写真でないと無理ですが、なんとかその浸食カルデラの雰囲気を理解してもらえるのがこの写真です。言葉で表現するのは難しいのですが、「風呂桶の縁の一部を水抜き用に一部切り欠いた地形」と言えるでしょうか。

みんなが説明を聞いている場所が立山カルデラの出口近辺で、遠くで雲がかかっている斜面がカルデラの外縁崖部です。その外縁崖が1858年に大崩壊してできたのが写真中央右の小山です。崩壊当時は小山どころか、この小山の高さまでカルデラ内部全体に崩壊土砂が溜まったそうです。崩れやすいこうした土砂が土石流となって災害を惹き起こしています。

立山砂防事務所では、こうした土砂を原因とした災害防止の工事を100年以上にわたり実施しているそうです。

カルデラの出口に設けられた白岩砂防堰堤です。

数段の連続した堰堤で、全体の高さ108m。本堰堤自体も63mだそうです。

1939年(昭和14年)の完成ですが、設置された場所や、当時の技術などを考えれば、相当苦労されたのではないかと驚きました。

 

上の写真は、1枚目がカルデラ外縁崖部の様子と、残り2枚はICT土工の様子です。頻繁に落石があるため無人化施工をおこなっているそうです。